不連続殺人事件
推理小説は結構好きなのだが、最近読んでいなくて久しぶりに読んだのが坂口安吾の『不連続殺人事件』。
いままで読んだ推理小説と言ったらもっぱらアガサクリスティのエルキュールポアロシリーズとコナンドイルの名探偵ホームズ、あとは青い鳥文庫のパスワードシリーズといったところだろうか。好きとはいえ、ふと冷静に考えるとそこまで読んでいないかもしれない。
内容的には個性的な登場人物が何人も出てきて、動機がよくわからない不連続な殺人が次々と起こるというもので、派手なトリックはないものの、犯人が二人であったり心理的なトリックがあったり意外性はあったし素直に面白く読めた。
純文学作家故にだろうか、人物描写は良くできていたと思う。
様々な登場人物がいたがどれも個性があって驚いた。それでもこの人物はいらないのではないかと思う人もいたが。
推理小説を読むといつも思うのだが、作中で犯人が明らかになる前に犯人を当てられる人は世の中に存在するのだろうか。
自分の貧相な脳みそではどう考えても解けそうになく悔しくなってしまう。
いつか推理小説を読み込んで、トリックやら犯人やらを当てられるようになりたいと思う。
好奇心が欲しい
いやもうホントあらゆるものに関心がなくなってきて焦る。
以前はゲームを猿のようにやったりとか、漫画読みふけってたりとかして3,4時間とかざらだったのに、30分もすると集中力切れてくる。
それにものを集める情熱も失った、金にも執着しなくなった、もう破滅してしまえと投げやりになる。
以前好きだったはずのものがだんだんと好きではなくなってきているような錯覚。
一つのものに情熱をかけて生きたいのだけど、世のなか情報量が多すぎて困る。あらゆることを知っていないとついて行けない。
そう思うが故になにかに没頭することができなくて、何もかも中途半端な俺。
出版社に就職したい俺なんかはミーハーなくらいじゃないと駄目なんだろうな。
世の中の流れに逆らって生きたいけど、世の中流れを知っていないとつとまらない出版業界。ジレンマ。
好きな作家は誰と聞かれても即答できない俺って本当に本好きなのだろうか。
確かにドストエフスキーは個人的に好きだが『罪と罰』『カラマーゾフの兄弟』『地下室の手記』しか読んでない俺がおこがましくも人前でドストエフスキーが好きって言っていいのだろうか。
どこから好きっていえるのかがわからない。その人の作品を全部読んでから言うべきか。
もし中途半端にしか読んでなく、「○○の~って作品いいよね?」と聞かれたとき、もしその本を読んでいなかったら相手に、好きなら全部読めだとか、あさはかなやつだ、とか思われかねないと思うと恐ろしい。
結局好きな作家誰と言われて公言できる作家が居ない自分が情けない。
もし自分と同じくらいのレベルの読み方の人となら熱く語れるのだろうか。
そんな人が周りに欲しい。
黒猫―エドガー・アラン・ポー
動物が好きだったはずの男がいつからか動物を憎むようになり、プルートォという飼っていた一匹の黒猫を虐待の末殺してしまう。
その後またプルートォに似た猫を飼うようになるのだが、この猫にも憎さを増していく。
そしてついに猫を殺そうとした際、妻に邪魔をされ妻を殺してしまう。
壁に死体を塗りこみ完全犯罪をもくろむが、あまのじゃくゆえに、余計な行動で犯罪を露呈させてしまう。
短編で非常に読みやすかった。
怪奇小説ということで主人公の心理が異常だと感じた。
普通では考えられない精神の持ち主を描くからこそ面白さが出るということか。
男の自虐的な精神には共感できる部分がある。自分を苦しめることが楽しくなるというきらいが自分にもあるからだろう。
わざと壁を叩いて叫ぶ様はきちがいとしか思えないが、ただのお調子者だとも言えるかもしれない。案外愛すべき馬鹿というものだろうか。
最後に殺そうと思っていた猫に足をすくわれるという展開はうまいと思った。
全体的にうまくまとまっていて良かった。
短くも面白い文を書ける人には憧れる。
ポーは今後も読み深めたい作家になった。

